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千葉地方裁判所 昭和43年(ワ)503号 判決 1971年10月29日

原告 幸田精蔵

右訴訟代理人弁護士 平岩新吾

同 宮島康弘

右訴訟復代理人弁護士 寺尾寛

被告 株式会社ヤワタゴルフ練習場

右代表者代表取締役 井川春子

右訴訟代理人弁護士 田坂駿

主文

一、被告は原告に対し七六三、一二七円およびこれに対する昭和四三年一一月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分しその一を被告の、その余を原告の負担とする。

四、この判決の主文一項は仮に執行できる。

事実

第一、申立て

(原告)

一、被告は原告に対し三、五一六、二八七円およびこれに対する昭和四三年一一月二三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、仮執行の宣言。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因

一、(事故の発生)

原告は、昭和四〇年一一月一一日、被告の経営する市川市南八幡四丁目七番一四号所在のゴルフ練習場(以下本件練習場という)において、ゴルフの練習中、同練習場二番打席において、ボールをティーアップしようとして、右足を半歩前に出し腰を屈めた際原告の前の三番打席(打球の方向に向って原告の右側の打席)で練習中であった訴外宮田晃二(以下訴外を省く)の振ったクラブ(ドライバー)のクラブヘッドが、原告の左側頭部に強くあたり、その結果長さ約四糎、深さ約一糎の頭部外傷を蒙った。

二、(帰責事由)

1  ゴルフ練習場を経営するものは、練習中のゴルファー相互間の事故を未然に防止するため練習者の振ったクラブが他の練習者に当ることのないよう、打席と打席の間隔を十分にとった施設を設ける義務がある。

2  被告は右義務を怠り、単に営業成績を上げることのみ腐心して、打席と打席との間隔を極度に狭く設置した過失によって本件事故を惹起させたものである。

3イ  本件練習場は本件事故当時二階建となっており、一階は六打席が設置されていた。

ロ  原告は、事故当日一階で、ボールの飛んで行く方向(以下正面という)に向って右から五番目の打席(左から二番目、二番打席という)、宮田晃二は、右から四番目の打席(左から三番目、三番打席という)で練習していた。

右の状況は、別紙図面(一)に示すとおりである。

ハ  そして各打席には、ボールを乗せるティーを付属させたゴム製のマットが置いてあり、正面に向かってティーの右側にボールを入れた箱を置くようになっており、練習者は、マットの左側に立ってボールを打つことになる。

ニ  原告は、右の通常の練習方法に従いマットの左側の定位置に立ちティーにボールを乗せるため、まず左足をやや前に出し、さらに右足を前に踏み出しつつ腰をかがめ、ボール入れの箱から右手でボールを取り出し、右足を後に引きつつティーにボールを乗せようとしたとき、宮田晃二の振ったクラブで頭部を強打された。

右の状況は、別紙図面(二)に示すとおりである。

ホ  原告の右の動作は、人によって多少の違いはあるにせよ、まずゴルフ練習者のとる通常の動作と言ってよく、原告は、特に定位置をはなれて被告に近寄ったわけではなく、また不必要に前方に体を突き出す癖があったわけではない。

ヘ  このように、原告がゴルフ練習者として通常の動作をしたにもかかわらず、宮田晃二の振ったクラブが原告の頭部に当ったということは、被告の練習場の打席と打席の間隔が極端に狭かったからである。

4イ  被告は、本件事故の翌日から、従来の六打席を五打席とし、一打席減らして打席と打席の間隔を拡げている。

ロ  このことは、被告自から従来の六打席では狭過ぎて危険であることを認めたものであり、ゴルフ練習場の設置に瑕疵があったことは明白である。

5  よって被告は、民法七一七条一項本文により、原告が本件事故によって蒙った後記損害を賠償する義務がある。

三、(傷害の程度)

原告は、右受傷により、

イ  市川市池田外科病院において、事故直後から治療を受け(三針縫合を要した)、約一〇日間を経て外傷のみは、一応治癒した。

ロ  しかしなお頭痛、めまい、手指振戦、易疲労性動悸、胸部圧迫感を伴う両眼調節障害および心臓神経症の後遺症を残した。

ハ  同四〇年一一月二二日から同四一年五月末日まで市川市、国立国府台病院において通院加療し、同四一年六月に至りやや軽快した。

ニ  この間同四一年二月ないし三月の二箇月間欠勤した。

ホ  しかし、同四一年八月に再び悪化し、同年九月九日から同年一一月一六日まで帰郷の上東北大学医学部付属病院に入院して加療し、一旦軽快して退院した。

ヘ  同四一年一一月一九日から出勤した。

ト  同四一年一二月頃再発し、同四二年三月二八日から五日間習志野市の吉岡病院にて入院加療したが治癒せず、

チ  同四二年四月二八日前記東北大学医学部付属病院に再入院し、

リ  同四二年七月四日宮城第一総合病院に転医して入院治療し、同四二年一一月一〇日一旦軽快して退院した。

ヌ  同四三年一月五日再発して前記宮城第一総合病院に再入院し、同四三年九月一四日一応退院した。

ル  しかし全快に至らず、今後も継続して治療を要する状況である。

四、(損害)

1  入院治療費   一三九、五一〇円

2  入院諸雑費    一五、五五一円

3  マッサージ治療費 三四、〇〇〇円

4  眼鏡レンズ代金  四五、四〇〇円

右眼鏡レンズ代金は、原告が本件事故のため両眼調節障害を来たし、これを矯正するため特殊なレンズを購入せざるを得なかったため、購入したものである。

5  治療のため欠勤した結果(欠勤合計六八九日間)減給、賞与減額、昇給減、諸手当減額を受けたことによる損害 一、五四八、三五七円

イ 減給 二〇五、三二四円

同四三年四月分より減給一箇月一、八〇〇円の処分を受け同四三年度も一一月一六日まで欠勤を続けた結果、同四四年四月分より更に減給一箇月三〇〇円の処分を受けることとなったので、同四三年四月から同四四年三月まで一箇月一、八〇〇円の割合で計二一、六〇〇円、同四四年四月から定年(五五歳)まで、(昭和四三年現在満四七歳可働年数八年)一箇月二、一〇〇円の割合で計二〇一、六〇〇円の損害を受けたので昭和四四年九月分以降の分についてはこれを一時に支払いを受けるものとしてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除した額。

ロ 昇給減 二六六、七四四円

(一) 原告の勤務する東京銀行では、年に平均一箇月三、〇〇〇円の昇給がある。

(二) 原告が本件事故により欠勤を続けた結果、同四三年度には、一箇月五〇〇円しか昇給せず、同四四年度には昇給がなくなることになった。

(三) 同四三年四月から同四四年三月まで一箇月二、五〇〇円の割合による三〇、〇〇〇円

(四) 同四四年四月から定年まで一箇月三、〇〇〇円の割合による二八八、〇〇〇円

(五) 右(三)、(四)の合計三一八、〇〇〇円から、将来の分についてこれを一時に支払いを受けるものとしてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除した額

ハ 賞与減 六七九、二八九円

東京銀行では、毎年二回(六月、一二月)賞与が給付されるが、本件事故によって、原告が治療のため欠勤をした結果、同四一年一二月分三九、七七五円、同四二年六月分一一二、七三〇円、同四二年一二月分一五六、九六〇円、同四三年六月分一四六、一六〇円、同四三年一二月分一九一、四六四円、同四四年六月分三二、二〇〇円、同四四年一二月分三〇七、四四〇円の減額を受け、右合計六七九、二八〇円の損害を受けた。

ニ 諸手当減 三九七、〇〇〇円

原告は、東京銀行本店審査第一部長代理として勤務し、毎月役手当、資格手当を得ていたが、本件事故による治療のための欠勤により役職を解かれ、同四二年二月から一二月まで一箇月一七、五〇〇円、同四三年一月から三月までは一箇月一八、〇〇〇円、同四三年四月から一〇月まで二一、五〇〇円の割合により右手当の減額を受け、同額の損害を蒙った。

6  慰藉料 一、七三三、四六九円

イ 原告は、東京大学を卒業後昭和二二年東京銀行に入社し、新橋支店支店長代理を経て本店審査第一部部長代理として勤務し同銀行幹部としての将来を約束されていたが、ロ、本件事故による後遺症の治療のため長期にわたる欠勤を余儀なくされた結果これまでの努力も水泡に帰し、現在は役職も解かれ、将来勤務先での栄達もおぼつかないこととなり、前記の如く減給等を受けて生活にも困るようになり、かつ前記後遺症が完全に治癒するかどうか判らない状況である。ハ、右の如き事情からすれば、慰藉料額は、少くとも一、七三三、四六九円を下ることはない。

五、(結論)

よって原告は、被告に対し右損害金合計三、五一六、二八七円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四三年一一月二三日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、答弁

一、請求原因一のうち、冒頭から「クラブヘッドが原告の左側頭部に」「あたり」までの事実、およびその結果原告が頭部に外傷を受けたことを認め、その余は不知。

二、請求原因二のうち1、3のイないしハ、4のイの各事実を認め、2、3のニないしヘ、4のロ、5の各事実を否認する。

三、請求原因三のうちイの事実は不知。ロの事実中その後原告にロ記載の症状があったことを認め、この症状が本件事故による受傷の後遺症であることを否認する。ハないしルの事実を認める。

四、請求原因四のうち1ないし5のとおりの損害が発生した事実を認める。しかし、右損害が本件事故と因果関係があることを否認する。6を争う。

第四、被告の主張

一、被告の本件練習場の設置および保存には、瑕疵がない。

1イ  ゴルフ練習場における練習者相互の間隔は、二米が普通である。

ロ  被告は、本件練習場においては、特に危険防止のためこれを二・三米としておいた。

2  被告は、本件練習場内の見易い場所数箇所に、練習者は前の人の動作に注意して練習するよう記載した書面を掲示しておいた。

3イ  原告は、ボールをティーアップする際必要以上に前方に体を突き出す癖があった。

ロ  そこで被告代表者井川春子や被告従業員においては、常に、原告に対し、この癖を指摘して、注意していた。

二、(過失相殺)

仮に被告に、本件事故につき責任があったとしても、本件事故の主な原因は、原告が、前で練習していた訴外宮田晃二の動作に注意せず、定位置より離れて同人に近寄ったか、または不必要に頭を突き出してティーアップしたか、のいずれかの過失にある。

三、原告が同四〇年一一月二二日から同四一年五月末日まで国府台病院に通院、同四一年九月九日から同四三年九月一四日までの間五回にわたり延べ約一年半東北大学医学部付属病院、および宮城第一総合病院に入院して治療を受け勤務先を長期欠勤したことにより受けた損害は、本件事故と因果関係がない。右通院、入院および長期欠勤は、原告の若い時からの精神系統の疾患に基因するものである。

仮に本件事故による頭部の傷害が、これと何らかの関係があるとしても、それは単なる誘因に過ぎない。

四、原告は、一つの訴えをもって被告とともに宮田晃二に対しても共同不法行為者として本訴請求と同額の賠償請求の訴えを併合提起していたところ、示談が成立したという理由で宮田晃二に対する右訴えを同四四年一二月二六日に取り下げ、右示談において同人から三五〇、〇〇〇円を受領ずみである。

第五、被告の主張に対する原告の認否

一、被告の主張一のうち、1のロの、本件練習場における打席間隔が二・三米であったことを認め、その余をすべて否認する。

二、同二、三の事実を否認する。

三、同四の事実を認める。

第六、証拠≪省略≫

理由

一、(事故の発生)

請求原因一のうち冒頭から「クラブヘッドが原告の左側頭部に」「あたり」までの事実、およびその結果原告が頭部に外傷を受けた事実は、当事者間に争いがない。

二、(帰責事由)

1  請求原因二の1の事実は、当事者間に争いがない。

2  被告の主張一の1のロの事実のうち、本件練習場の打席間隔が二・三米であったことは、当事者間に争いがない。

3  ≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

イ  右打席間隔があれば、隣接の両練習者がともに打席に立ってすでにティーアップしているボールを打つ場合には、クラブが相互に他の練習者に当ることはない。

ロ  しかし本件練習場には、練習者が打席に立ったままで自動的にティーアップできる装置はなく、従って本件練習場においては、ティーアップするためには、練習者が自ら打席位置より前に進み出てボールをティーに乗せなければならないことになっている。

ハ  そして右打席間隔においては、後の練習者が普通に(特に頭を突き出すことなく)ボールをティーに乗せているとき(乗せようとしているときおよび乗せ終ったときもふくむ)に、前の練習者がクラブを振れば、そのクラブヘッドが後の練習者の頭に当る可能性がある。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

4  請求原因二の4のイの事実は当事者間に争いがなく、右事実および≪証拠省略≫によると、被告は本件練習場における営業を開始した同三三年八月から約半年の間は、本件練習場の一階を五打席にしていたが、それでは練習者の待時間が長くなるので打席間隔をつめて六打席に改め、本件事故の翌日から五打席に戻し、本件事故の一箇月後に再び六打席に改めたことが認められる。

打席間隔二・三米の六打席を五打席にした場合、打席間隔は二・七六米となり、四六糎増えることが計算上明らかであり、このことを検証の結果にあてはめて考えると、五打席の場合には、ティーアップの際においても接触の危険はまずないものと認められる。

5  被告の主張一の2の事実を認めるに足る証拠はない。かえって≪証拠省略≫によると、事故当時そのような書面を掲示しておいたことがないこと(定位置以外での素振りの禁止の書面は別として)が認められる。

6  以上の事実によると、被告の本件練習場の設置および保存には瑕疵があったものといわなければならないから、被告は、民法七一七条により、本件事故によって原告の蒙った損害を賠償する義務がある。

三、(過失相殺)

1  ≪証拠省略≫の中には、被告の主張一の3のイ、ロに添う供述部分があるが、≪証拠省略≫に照らすと、必ずしも原告に被告の主張のような癖があったものとは考えられない。

2  しかし、前認定のようにティーアップの際に前の練習者のクラブが後の練習者の頭にあたる危険のあった本件練習場においては、後の練習者としては、前の練習者の動作に注意して、前の練習者が打つ時期(バックスイング、トップ、ダウンスイングなどの際)を避けてティーアップすべきであったものと考えられる。この時期を避けなければ自らを危険にさらすことになる。従ってこれを看過して前の宮田晃二が打つ時期にティーアップしたこと弁論の全趣旨から明らかな原告には、過失相殺さるべき重大な事情があったものといわなければならない。その過失相殺の割合は原告六割と見るのを相当と認める。

四、(損害)

1  (頭部外傷)

≪証拠省略≫によると、原告の頭部外傷は、長さ約一・五糎、深さ皮膚の厚さの半分位で、骨膜に達しておらず、金具一本で止め、約一週間の治療で治ったことが認められる。

2  (財産的損害および因果関係)

請求原因三のロの事実中その後原告に同ロ記載の症状があったこと、同三のハないしルの事実、および同四の1ないし5のとおりの損害が発生した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると右ロの症状、ハないしルの事実、右四の1ないし5の損害、および後記原告の精神的損害は、いずれも本件事故と因果関係があることが認められ(る)。≪証拠判断省略≫

従って被告の主張三を採用することはできない。

そこで当事者間に争いのない請求原因四の1ないし5の損害計一、七八二、八一八円に前記割合による過失相殺をすると、被告の賠償すべき損害額は、七一三、一二七円となる。

3  (精神的損害)

原告の供述によると、原告は東京大学卒業後同二二年に東京銀行に入社し、本件事故当時同行本店審査第一部部長代理の要職にあったが、前記欠勤後は閑職に廻され昇格がおくれていること、現在前記症状はなくなっていることが認められる。

右の事実、前記原告の過失相殺さるべき事情およびその他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、本件事故によって原告の蒙った精神的苦痛を慰藉するため被告の支払うべき慰藉料の額は、三〇〇、〇〇〇円をもって相当と認める。

4  (損益相殺)

被告の主張四の事実は、当事者間に争いがない。原告が宮田晃二から受領した三五〇、〇〇〇円は、右2および3の損害計一、〇一三、一二七円に充当さるべきものであるから、これを差し引くと、損害残は七六三、一二七円となる。

五、(結論)

以上のとおり、本訴請求は、そのうち原告が被告に対し右損害金七六三、一二七円およびこれに対する不法行為以後の同四三年一一月二三日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当と認められるから、この限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村輝武)

<以下省略>

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